私が子どもだった30年前、母に連れられてよく行ったかき氷屋が近所にあった。

かき氷屋と言っても種類が豊富だった訳ではなく(何しろ30年前)、全てのメニューがA4くらいの紙に手書きで収められ壁に貼られていた。
そのお品書きの1番下に、何故か「ピンクレディー」とあったのが謎だった。


「ピンクレディー」の上には打ち消し線が引かれていたのでオーダーは叶わなかった。一応母にピンクレディーとは何ぞやと尋ねると(物心ついた時から私は基本母の言うことを信用していなかった)、「昔の歌手」と返された。歌手が宇治金時の下に並べられる訳ないだろと、私の母への不信感は更に強固なものとなった。

お店で食べるかき氷は6歳にとってはかなりボリューミーで、露店のものですら持て余す私はいつも半分で飽きたと喚いていた記憶がある。

帰宅すると仕事から戻った父親が掃除機をかけていて、私達に「どこほっつき歩いてやがった」と怒鳴った。
どうしてお父さんは、会社から帰って来たり私達がお出掛けしたりする度に不機嫌になるんだろうと思っていたが、掃除もせず食事も作らず夕刻から遊びに出掛けていたのだから当然である。

母の体内時計が、人より半日くらい遅れていることに気づいたのは、私が大人になってからだった。


?氷屋の、おっさんに、おこられた、こぉ〜りゃこりゃ!(母がよく歌っていた歌)


昼休み、ぼんやり表を歩いていて宣伝トラックの爆音に寿命が縮んだ。水商売紹介のかと思って見たらララランドの宣伝だった。激しい映画なのかしら…。


会社にいるアラサーの男の子が、最近知り合った女の子と映画を観に行ったそうなんだけど、その映画の冒頭にちょっとエッチなシーンが入ってそれから気まずくなってしまったと落ち込んでいた。

そのくらいで凹んではならない。

私なんか彼くらいの頃、知り合ったばかりの男性(互いに全く異性としてみておらず単に暇人同士で遊んだだけ)と観に行った映画が9割そういうシーンだったんだぞ。


その事を職場で話したら、「何て映画?…分かったあ!失楽園だ??」と言われた。

し、失楽園が公開された当時私アラサーじゃないよ…。
13歳だよ…。
デートで映画観に行ってても良い歳と言えばそうだけど、さすがにあれは中学生選ばないよ…。


ちなみに失楽園が公開された20年前、私が観たのはもののけ姫だった。

これは、その時お友達とその妹と、ららぽーとで撮ったプリクラである。



「学校の怪談」フレームです。



創成期のプリクラは、画像加工なんて出来なかった代わりに、地域や機種毎に限定のフレームなんてのがありましてな…。

 

昔、永谷園のお茶漬けパッケージに東海道五十三次の絵がプリントされていたそうです。

それを集めて永谷園に送ると、東海道五十三次の絵(レプリカ)が貰えるというキャンペーンもあったそうです。

 

そこで幼かったうちの母はお茶漬けの袋をせっせと集めたわけですが、永谷園の住所がわからんという問題が発生しました。

ネットなんてない時代です。

どこを見てもお茶漬けの袋には送付先なんて書いてありませんでした。

悩んだ末に母は、宛先に「永谷園」とだけ書いてポストに投函しました。

 

戻ってきたそうです。

昔の話。

 

弟がポケモンを中古のゲーム店で買ってきた。

つかまえたポケモンはペットみたいに名前がつけられるようだ。

調子に乗った弟が、ピカチュウやフシギダネに「どすお」とか「どすぞう」とか全然関係ない名前をつけまくっていたらどれがどれだかわからなくなってしまった。

しまいには「何だこの『どすりーぬ』って」と名前をクリックしたらサトシ的な男の子が出てきて(サトシではないらしい)「あっ、自分か」という事態にまで発展してしまった。

 

しかもなんかソフトが壊れててセーブができなかった。

おかげで何匹集めても一旦電源を落とすとまた0匹に戻っており、ちっともマサラタウンにサヨナラバイバイできなかった。

 

そんなセーブできないポケモンをつかませたゲーム店が、こないだまっさらタウンな状態になっていた。

看板がシュールで怖くて、その店は子供の頃からの苦手スポットだったが、いざなくなると寂しく感じた。

あとには可愛らしい看板の歯医者が建った。

 

でも、ストリートビューにはまだあの怖い看板が表示される。

 


小学校の頃チカちゃんという小柄で可愛いらしい、心優しきクラスメートがいた。
そのチカちゃんが遠くの町に引っ越すことになった。

お別れ会では班ごとに出し物をする決まりだった。
私の班は話し合いの結果、昔話「屁こき女房」の紙芝居を手作りすることにした。
私は班の中では絵が描ける方だったので、掃除も免除され1人もくもくと屁こき女房の絵を描いていた記憶がある。

でも、今考えると何でよりによってそんな話を選んだのだろう。

一度だけ電車に乗ってチカちゃんの引っ越し先にお邪魔したことがある。
新築の家はそれはもうきれいで、チカちゃんが自室の電気をリモコンで点けるのを見てそのハイテクさにたまげた。
私は興奮のあまり出されたお菓子をバクバク頬張ったり、チカちゃんのご両親の前で覚えたての落語を披露したりした。
後日、友人たちに「調子に乗りすぎだ」と叱られた。
チカちゃんにもう一度お会いできることがあったら、お礼とお詫びを言いたい。

寝よう…。
 


ホワイトデーは彼氏からたくさんの贈り物を貰ったという会社の先輩。
彼氏は先輩の大好きな猫のDVDを持ってきてくれ、夜はそれを2人仲良く見たそうな。
その頃私は、自宅で「アド街ック天国」を家族と見ていた。
(「アド街ック」って一発で出たぞ凄い)

先月私を、5秒の問診で胃腸炎だと診断した内科が、地元の求人広告に載っていた。
約20年ぶりに受付係を募集するらしい。
どうしたんだろう。欠員かしら。
お給料はいいし、家から徒歩3分なのが魅力だが、医療事務の資格も経験もないのでかなCです。

あと、最近変わったことと言えば2週間前にオバゴン(母)がふらりと家を出たまま帰ってこないことくらいで何もないので、今日は青春時代の甘酸っぱいテレビの記憶を語りたいと思います。

子供の頃の我が家には、父の部屋に古いテレビが1台あったきりで、ゴールデンタイム以降のテレビとは常に家族全員で見るものであった。
よって、決まった番組以外は見ることができないし、テレビが空いてても普段見ていないものを見てるとオバゴンに「何じゃこりゃ」とか嫌味を言われるので自由がなかった。
小学生の頃から自室にテレビがある友達がうらやましかった。
毎日、新聞のラテ欄を眺めては「どんな番組だろう…?」と番組名から空想を膨らませた。

そんな青春真っ盛りの高校時代、私の目はある番組名にくぎ付けになった。
NHKの教養番組「悠々趣味」である。
陶芸や盆栽やらいろんなもんをレクチャーするちょっとシニア向け入ってる番組で、確か木曜にやっていた。
ある日テレビ欄の説明文を見た17歳の私は何故かそれを見たくてたまらなくなってしまった。
何の講座の回だったのかは覚えていない。
私の事だからどうせ絵の話だったのかもしれないが、絵関連じゃなかった気がする。うーん。
とにかく見たかったんだけど、確か親がニュース見ててそれもかなわなかった。
「ビデオに撮る」というテもあったけど、まず「見たい番組がある」と家族に打ち明けるのが恥ずかしかった。

こうなると「悠々趣味」への想いはつのるばかり。
木曜になると学校にいても、「今日は悠々趣味の日だ…」とそわそわしてしまった。
ある時意を決して、チャンネルを回しテレビの前でスタンバってみた。
高鳴る動悸。
しかし途中でやはり親に変えられた。
やがて「悠々趣味」が終わる時間になると、「今週もダメだった…」と悲しくなった。
自分にあと少し勇気があれば…なぜ、言い出せないんだろう…でも拒絶されたら恥ずかしい…17歳の葛藤は続いた。
講座が終わりに近づくと半ば諦めていたせいか「私は悠々趣味に幻想を抱きすぎていたのかもしれない。いざ見たらがっかりしてしまうかもしれない。美しい幻のまま終わらせた方が幸せなのかもしれない」とまで思うようになっていた。

こうして私は、本来なら異性に向けるべき感情を、何故かNHKのシニア向け教養番組に向けていた。
純真だった。


怖い日記でごめんなさいね。

そして肝心の、現在の趣味にしている漫画が一向に進まなくてピンチ。
 

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主な登場人物

オバゴン:母親。 弟A・B:双子。既に家を出ているため盆と正月くらいしか登場しない。3人そろうと桃鉄をするのがルール。 父:父親。

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